体格があっても選ばれなかった理由|県選抜遠征で気づいたこと、挫折した子どもへの親の関わり方

こんにちは。
炎のらぐままです。

息子(ラグ男)は中学3年生。クラブチームでラグビーをしています。

「うちの子、体格はいいのになんで選ばれないんだろう」

そう感じたことはありませんか?

先日、ラグ男が県選抜の地方遠征に参加しました。

前回はファーストジャージ(Aチームのユニフォーム)で背番号3番。

だから今回も、ある程度は試合に絡めると思っていました。

しかし2試合目まで名前は呼ばれず、3試合目でようやくセカンドジャージ(B・Cチームのユニフォーム)の15番。

この日、私は初めて気づきました。

選抜レベルでは、「体が大きいこと」だけでは評価されないということを。

そして、初めて本気で壁にぶつかった息子に、親としてどう関わればいいかを必死に考えた一日でもありました。

ユニフォームをもらえなかった4人のうちの1人

この日は、3試合が予定されていました。

1試合目、名前は呼ばれませんでした。

「次かな」と思いながら見ていました。

2試合目になっても呼ばれません。

気づけば、ユニフォームをもらえていない選手はわずか4人。

「今日はこのまま試合に出られずに終わっちゃうのかな?」

親の私の方が落ち着かなくなっていました。

3試合目、ようやく声がかかりました。

渡されたのはセカンドジャージ。背番号15番でした。

セカンドジャージはB・Cチームのユニフォームです。

前回のファーストジャージ3番から考えると、正直ショックでした。

本人もきっと同じ気持ちだったと思います。

前日の練習で感じた違和感

実は遠征前日、県選抜の練習がありました。

二人一組の手押し車(足を持ってもらい、腕だけで前へ進むトレーニング)やシャトルラン。

ラグ男はかなり苦戦していました。何本やってもほぼ最下位。

シャトルランの途中でお腹が痛いと言って、トイレへ。

なかなか戻ってこないので、様子を見に行きました。

「お腹痛いけど、出ない」

「なら、また我慢できないくらい痛くなったらもう一度行けばいい。とりあえず練習に戻りなさい」

そう言ったら出てきました。

でも練習に戻ったとき、シャトルランはすでに終わっていました。

次のフォーメーション練習に切り替わっていたのです。

そしてその後、ラグ男がトイレに行くことは一度もなく、残りの練習はやっていました。

本当に体調が悪かったのかもしれません。

でも正直に言うと、私の目には「逃げた」に見えました。

コーチの目にも、そう映ったかもしれない。

選抜レベルで求められるのは「大きくて走れる選手」だった

ラグ男はクラブチームでは一番大きな選手です。

これまでその体格がアドバンテージになっていました。

でも今回見た選抜の選手たちは違いました。

体格はラグ男と同じか、それ以下の選手もいます。

それでも走れる。何本でも走る。試合が終わっても走れる。

しかも、走り方が違う。

ただ走るだけでなく、試合の状況を見ながら常に動き続けている。

ラグ男が息を整えているとき、彼らはすでに次のポジションに移っている。

声を出して指示している。

そういう場面を、何度も目にしました。

私はここで気づきました。

選抜レベルで求められるのは、「大きいこと」ではなく「大きくて走れること」だったのです。

体格は武器です。

でも、体格を活かすためには、スタミナや走力だけでなく、辛くても最後まで諦めない強いメンタルも必要なのだと気づきました。

前日のシャトルランを途中で抜けてしまったこと。

本当に体調が悪かったのかもしれません。

でも選抜の場では、「きつい場面でどう動くか」も見られているのだと思います。

体が大きいだけでは武器にならない。

走れて、諦めない。

その両方があって初めて、選ばれる選手になれる。

これは、ラグビーに限った話ではないと思います。

体格に恵まれたお子さんを持つ親御さんには、一度立ち止まって考えてみてほしいポイントです。

挫折した子どもに「直接言う」を選んだ理由

選抜練習の帰り道、私はラグ男にこう伝えました。

「本当にお腹が痛かったのかもしれない。でも私には、シャトルランから逃げたように見えた」

「コーチにもそう見えているかもしれない。それが嫌なら、明日は最後まで走り切りなさい」

厳しかったかもしれません。

でも私は「大丈夫だよ」とは言えませんでした。

子どもが挫折したとき、親がやりがちな反応は3つあると思います。

  • 慰める(「気にしなくていいよ」「次があるよ」)→ 現実から目をそらさせてしまう
  • 責める(「なんでできなかったの」「もっと練習しなきゃ」)→ 子どもを防御的にさせてしまう
  • 代わりに怒る(「コーチの見る目がない」)→ 問題の原因を外に向けさせてしまう

どれも悪気はありません。

でも、子ども本人が現実と向き合う機会を奪ってしまうという点では、同じだと思っています。

私が選んだのは、今見えている現実をそのまま伝えること

正解かどうかはわかりません。

でも、その時の私にはそれしかできませんでした。

それでも3試合目は良かった

1試合目に出してもらえなかったのは、やはり前日の練習で最後までやりきれなかったからだと思います。

でも救いだったのは最後に出してもらえた3試合目でのプレーです。

ラグ男はフル出場し、良いタックルやトライも見せてくれました。

サボらずに最後まで走っていました。

帰宅後、パパが動画を見ながら声をかけていました。

「出た試合では良い動きができていたよ」

もちろん、相手のレベルの違いもあったかもしれません。

でも、出場した試合でしっかりプレーできたことは事実です。

今回の遠征は、「全く通用しなかった」のではなく、「今の自分に足りないものを知った」遠征だったのだと思います。

体格があることは、これからも武器になる。

でもそれだけでは戦えない相手がいることも、わかった。

それを高校に進む前に知れたことは、マイナスではなくプラスだと思っています。

「わかってるってば!」が教えてくれたこと

遠征後、私は聞きました。

「今日、最初に出られなかったの、悔しくなかった?」

「わかった、わかってるってば!」

と、言葉を遮られました。

言い訳はありませんでした。誰かのせいにもしていませんでした。

この反応、最初は「もう少し話を聞いてほしい」と感じました。

でも少し冷静になって気づいたのです。

本人はわかっている。

だから話したくない。

「悔しくなかったの?」と何度も確認することは、本人がわかっていることをわざわざ言わせることになる。

親が何度も確認しなくてもいい。

気づきの機会を作ったら、あとは本人に委ねる。

それがこの日、私が学んだことです。

2週間後の試合に向けて

次は2週間後に、また県選抜の練習試合があります。

しかも次の相手は、今回のチームよりさらに強いチームです。

その2週間、県選抜としての合同練習はありません。

アピールできる場がない、ということでもあります。

次の試合に出してもらえる保証もありません。

でも準備するしかない。

試合の翌日、改めてラグ男に聞いてみました。

「これから2週間、どう過ごすの?」

「パパにトレーニング手伝ってもらったりして頑張る」

正直、同じような言葉を前にも聞いたことがあります。

だから手放しでは信じません。

でも私はここで一言添えました。

「学校の行き帰りを走るとか、パパがいなくてもできることはやってごらん」

少し「え~」という顔をしていました。

でもそのあと、珍しく素直に「そうだね。やってみる」と言ったのです。

この「やってみる」が本当かどうかは、この2週間が教えてくれます。

でも今回は少し違う気がしています。

今回は、親に言われたからではなく、自分自身が現実を見たからです。

次の試合でファーストジャージを着られるかどうかより、この2週間をどう過ごすかを。

静かに見守りたいと思います。

そしてもし、同じように子どもが壁にぶつかって「どう関わればいいかわからない」と感じている親御さんがいたら、この記事が少しでも参考になれば嬉しいです。

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